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東京高等裁判所 昭和36年(行ナ)32号 判決 1962年12月25日

原告 赤城直

被告 八幡製鉄株式会社

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一請求の趣旨

原告訴訟代理人は、「特許庁が昭和三十一年審判第四二一号事件について昭和三十六年二月二十四日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求めると申し立てた。

第二請求の原因

原告代理人は、請求の原因として次のように述べた。

一、原告は、昭和二十九年二月二十三日出願、昭和三十一年五月二十九日登録にかかる登録実用新案第四四五三三四号「転轍減摩機」の権利者であるが、被告は昭和三十一年八月二十二日右実用新案の登録を無効とするとの審判を請求したところ(昭和三十一年審判第四二一号事件)、特許庁は昭和三十六年二月二十四日右実用新案の登録を無効とする旨の審決をなし、その謄本は同年三月九日原告代理人に送達された。

二、被告が右審判請求の理由としたところは、本件登録実用新案は被告会社の従業員である訴外林久視が原告の出願前に考案し、被告会社が訴外株式会社峰製作所門司出張所に対しこれが製作を発註したところ、同社には設計員がいなかつたので、同社はこの設計を原告に依頼したが、原告は右考案を自己の考案になるものとして実用新案登録出願をしたものであるから、右実用新案の登録は旧実用新案法(大正十年法律第九十七号)第十六条第一項第三号に該当し無効にすべきものであるというのであり、証拠として株式会社峰製作所門司出張所長峰寛二作成の始末書(本件甲第一号証の五)及び原告名義の始末書(同号証の六)を提出し、証人伊藤満夫の尋問を求めた。

これに対して審決の要旨は、「被請求人(本件原告)は右審判請求書に対して何ら答弁するところがなく、かつ審判長の昭和三十五年六月六日付答弁書補充指令書及び昭和三十五年九月十三日付で答弁をする意思があるならば同年十月二十六日までに答弁書を差出すよう、そしてこれに対し被請求人が書面による答弁すくなくとも請求人の主張を否認する趣旨の答弁ないし手続をとらない以上被請求人が請求人の主張を肯認したものと認める旨の通知書に対しても、右期間内はもちろん、更に三ケ月に及ぶ今日まで何らの答弁ないし手続をとらないから、被請求人は前記請求人の主張を肯認したものと認めるに十分であるとしなければならない。」としている。

三、しかしながら審決は、次の理由によつて違法であつて取り消されるべきものである。

(一)  被請求人である原告が、審判請求書並びに前記審判長の指令書及び通知書に答弁しないことをもつて直ちに請求人の主張を肯認したとなすは採証の法則に反するものである。

(二)  前記原告名義の株式会社峰製作所宛の始末書(本件甲第一号証の六)は、原告の真意に基いて作成されたものではない。原告は昭和三十年当時は株式会社峰製作所の仕事を為し、同会社から賃金をもらつていたから、その意に反すると生活の糧を断たれて路頭に迷う虞があつたから強いて反抗しなかつただけである。かゝる事実を深く検討することなくしてなされた審決は審理不尽といわなければならない。

(三)  原告は本件審決に先立つ昭和三十六年一月十五日被告に対し本件実用新案権の一部を譲渡し(審決は同年二月二十四日)、同年三月二十七日特許庁に対し一部譲渡による共有登録を申請し同年四月十日がこれが登録を経たものである。すなわち被告は本件審判の請求をするについて利害関係を有しなくなつたものであるから、審決はこれを取り消し、更に審判請求は却下せられるべきものである。

第三被告の答弁

被告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、原告主張の請求原因に対し、その一及び二の各事実並びに三の(三)の事実はこれを認めるが、その余の事実はこれを否認する。

本件実用新案の登録は、右二に記載した被告が無効審判を請求するについて主張したと同一の理由により無効にせられるべきものであると述べた。

第四証拠<省略>

理由

一、原告主張の請求原因一及び二の各事実は当事者間に争いがない。

二、よつて原告が審決が無効なりと主張する理由について判断する。

(一)及び(二) 前記当事者間に争いのない事実とその成立に争いのない甲第一号証の二、同号証の四ないし六を総合すれば、本件登録実用新案は、もと被告会社の従業員の考案にかゝるものであつたが、原告はこれを被告主張のような過程において知り、自己の考案として冒認出願したものであることを推認するに十分である。原告はその主張三の(一)、(二)において審決が採証の法則を誤まり、審理を尽さなかつたと主張するが、当裁判所は本件審決取消の訴において、被告が審判請求において主張した登録無効の事由が果して存在したかどうかを証拠により審理判断するものであるから、審判における採証手続の違法ないし審理の不尽は独立して審決取消の事由とはなし難いものと解せられるばかりでなく、前記甲号各証及びその成立に争いのない甲第一号証の七、八を総合すれば、審決も被請求人である原告が請求人の提出にかゝる審判請求書及び証拠並びに審判長の指令書及び通知書の送達を受けながら何ら請求人の主張事実を争わない態度(審理の全趣旨)に徴し、自由な心証をもつて請求人主張の事実を真実なりと認定したものと解するを相当とするから、審決には原告主張のような採証手続の違法ないしは審理の不尽があつたものとは認められない。

(三)  次ぎに原告が本件審決(昭和三十六年二月二十四日)に先立つ昭和三十六年一月十五日被告に対し本件実用新案権の一切を譲渡する契約をなしたことは当事者間に争いのないところである。しかしながら実用新案権の移転は登録をしなければその効力を生ぜず(実用新案法第二十六条、特許法第九十八条第一項第一号、実用新案法施行法第三条)、しかも本件実用新案権の一部の譲渡について登録の申請がなされたのが同年三月二十七日、登録があつたのが同年四月十日であることはまた当事者間に争いのないところであるから、審決の当否を判断する基準時である同年二月二十四日当時には被告は未だ本件実用新案権の共有権者ではなく、従つてその理由によつては被告がその無効審判を請求するについての利害関係を失つたものとはいい得ない。

三、以上の理由により、原告が審決取消の事由として主張するところはいずれも理由がないから、本件請求を棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決した。

(裁判官 原増司 多田貞治 吉井参也)

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